Trick or Treat or Stay with me
091029oeil d'aile桜沢様より
※流血の表現を含みます。







出会いは、偶然だったが、きっとそれも必然だったのだ。



 漆黒の髪、ビスクドールのような透き通る白い肌、アメジストを思わせる月明かりに煌めく瞳、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアはその美しい顔を今までにないほどに歪めていた。端から見れば何かに悩み、その思考が捕らわれているのかと思わせるようなその表情だが、実際は、盛大に鳴り響いた美しい容姿に似つかわしくない音が原因だった。

 ぐきゅるるるるるるるるる

 ほっそりとした肢体からは想像がつかないほどの大音量。溜息を一つ漏らし、歪めていた表情を少し緩めた。そう、空腹なのだ。困ったことに、ルルーシュは酷い偏食家である。人、としての偏食ならばまだいい、だがルルーシュは人ではなく吸血鬼なのだった。ただでさえ血を吸うには人を襲い、噛みつき、と色々手間が掛かるというのにルルーシュは口に合う血で無ければ体調を崩してしまうという面倒な体質だった。煙草や薬物で汚れた血を体内に入れるのは生理的に受け付けない、あんな汚い物を口にするなんて!という思考を保持しているのだからこの体質もしょうがないのかもしれない。
 もう何日だろうか、いや、何年だろうか、まともに血液を吸っていないのは。
 口に合う血液を持っている存在等、稀にしか存在しない。匂いでそれは解るが、そんな相手、百年に一度現れれば良い方だ。最後の餌が死んでから、まともな食事はとっていない。

 きゅるるるる

 もう何度目かも解らない腹の虫の主張にルルーシュはようやく椅子から立ち上がった。本当は嫌だが、空腹を紛らわせる為にトマトとプルーンから作ったジュースを口にしようかとキッチンへと向かう。締め切った室内の淀んだ空気に気付き、キッチンの窓を細い指先が開けた。それが、この運命の始まり。




『おいで。』




 急に吹き込む外気、それに乗った甘美な香りに一瞬我を忘れそうになった。腰の奥に熱が集まるような、腰が砕けるとはこの事かと思う程の香り。

「…はっ…ぁ!!」

 ガクリと腰が崩れるようにキッチンの床へと座り込む。ヒクヒクと喉の奥が震え、いつもは隠れている牙が香りに誘われるように伸び、無意識に餌を誘惑する呼気を漏らしていた。どう考えても求めて居た餌の匂いだ、それもこれまでで一番強烈に自分の食欲を誘惑する香り。吸い付きたい、愛撫をするように優しく、だがしっかりとこの牙を埋めて甘美な香りに酔いたい。強烈な欲求は、吸血鬼としての狩りの本能を目覚めさせる。
 だが、相手がその狩りに相応しいかどうかは別だ。あまりに強烈な香りにクラクラとし理性が持って行かれる程の食欲を宥めようとルルーシュが白い喉を細い指先で覆い、呼吸を落ち着かせていれば、背後であり得ない音が響く。


 ドーーーーン!

「ほあぁああぁあああ!!!」


 爆発音を思わせるそれに、一気に理性が食欲をねじ伏せる。キッチンと外界を隔てていた壁がウエハースが崩れるように脆くも崩れ去り、目の前にもうもうとコンクリートの煙を立ち上げている。怪我をしたところで棺桶で眠っていれば回復するが、痛いことは嫌いだ。すぐさま退路や回避のパターンを思案するが、先程の餌の香りが強烈に至近距離で香っている事に気付き動揺した。まさか、餌が襲撃してくるなんて予想していない。そもそもなんで壁が崩壊している、ここはマンションの10階じゃなかったか。逃げた方がいいのか、一瞬の迷いが運命を決定付けた。

「…君が、僕の伴侶?」
「…は?」

 煙の中から響いた声とその声が発した言葉の意味を理解出来ずに言葉を返せば、ルルーシュの反応速度を超えた物体が突撃してきていた。ヤバい、と本能的に思ったがそれすらも遅かった、本能の反応を越える速度でその物体はルルーシュの華奢な体を強固な腕の中に閉じこめていた。肌が密着する距離、甘美な餌の香りに全身が包まれ、せっかくの理性が吹っ飛びそうになる。ルルーシュが喉を鳴らし唾液を飲み込み、甘い誘因の吐息を漏らせば、人であれば一瞬で陥落する。だが、この餌は驚いたことにその誘因の香りでも自我を失うことも無く、ただひたすらに華奢な体を抱き締め、太い尻尾を振っていた。

 太い、尻尾だと。

 もうもうと立ち上っていた土煙が収まってくればルルーシュは目の前の現実に愕然とし、吹っ飛んでいった理性も無事着地せざるを得なかった。まず、相手が男であることは確かだ。最初に発せられた声音と今自分をがっしりと抱き締めているたいして変わらない背丈でもそれは判断できる。餌の性別は関係ない、だが、種族はそれなりに問題視しておきたい。目の前の男は、純粋に人間では無いようだ。その証拠に、必然と肩に乗せるような位置になっている顎下で、犬のような尻尾がすさまじい勢いで振られている。それはもう千切れるのではないかと思う程に。視線を恐る恐る上げれば、獣の耳が見えた。そして、鉄筋コンクリートのマンションの壁を破壊するほどの力…総合した結果、狼男、という結論に至る。
 こんなに甘美な美味しそうな匂いを立ちこめさせている相手は、残念な事に狼男だった。吸血鬼との相性は、良いとは言えない、何故なら狼男は力で相手を屈服させるタイプだ、スマートではない。

「やっと会えた、僕の伴侶、こんなにいい匂いなんだから絶対に間違いない、一緒に子作りをしようね……あれ?」

 状況の把握と、自分を惹き付けてやまない餌の香りを意識の外に追いやろうとしていた矢先に、甘い声音が耳朶を舐めるように囁きを落とすが、不意にその声が不思議そうな物へと変わる。抱き締めていた腕が一瞬解かれたかと思えば、今度は強い力で二の腕を掴まれ体を離される。やっと見ることが出来た狼男の顔は彩る柔らかな茶色の癖毛と瞳の大きさから少年と見紛うほどの幼さを滲ませながらも、深い翡翠を写し撮った瞳の揺らめきの妖艶さとしなやかに鍛えられて居るであろう身体付きが少年とは呼べない色香を放っていた。その狼男はまじまじと自分の体を眺めた後、こてん、と首を傾げて見せた。

「……男?」
「…そうだが。」
「子作り無理?」
「子宮は保持していない。」
「………。」
「無理ということだ。」

 少し遠回しな発言に対して明らかに疑問符が頭上を飛び交っているのを見かねて言い直せば、翡翠がこぼれ落ちそうな程見開かれた。いや、待て、なんで俺が悪いような気持ちにならなくちゃいけないんだ?と思考がぐるりと脳裏を廻るのを感じたが、それを問いただすよりも先に狼男は首筋に顔を埋め、柔らかな舌でザラリと血管をなぞるように舐め上げてきた。

「ほわぁああ!!!」
「……やっぱり伴侶だ。」
「なんだその伴侶とは!むしろお前が俺の餌だ!」
「……餌?」

 肩を押して体を離そうとするがびくともしないどころか、ほんの少しも揺らぐことのない相手の体に愕然とする。種族は違えど同じ男だぞ!と自分の非力さを露呈されたような感覚に心の中で声を上げるも、狼男は今度は反対に首を傾げて不思議そうに見つめてくるばかりだ。

「お前の香りはどう考えても俺の餌の香りだ、俺は吸血鬼なんだ、狼男の伴侶ではない!」
「え、伴侶だよ。でも吸血鬼なのか、それは少し困ったな…食事で僕以外に噛みついたりするって事?あ、でも僕の事餌って言ってたよね、じゃぁ平気なのかな…。」
「…は?」

 困ったという言葉に続いたのは予想を斜め上、むしろ次元を吹っ飛ばす勢いで自分の予想の範疇を軽々と超越していた。これは一体、どういう事だ。言葉の流れから考えれば、目の前の子犬のような無邪気さを滲ませる狼男は自分の話を全く聞いていなかったという事が見て取れる、しかも何か間違った方向に進んでいないか?
 今度は此方が疑問符を散らしていれば、目の前の狼男はニッコリとそれはもう心底幸せそうな笑顔を見せた。柔らかく優しげなその笑顔と鼻腔をくすぐり続ける甘美な香りに意思に反して胸が高鳴る。思考が停止し、ただ、呆然とその姿を見つめていれば、二の腕を掴んでいた手が体を引き寄せるように力を込められる。一歩、近づく翡翠。綺麗な色だ、とぼんやりと思って居れば、首筋を晒すように再度首が傾げられた。ドクドクとその肌の下で脈打つ血流を意識して思わず喉が鳴った。

「……狼男の血でも、大丈夫?」
「…あぁ、血に種族は関係ないが。」
「良かった。なら僕の血をあげる、だから君は僕の伴侶になって?」
「………その、伴侶とは生殖できなければ意味がないんじゃないのか?」
「そうだね、でも僕は君以外は欲しくない。」

 ゾワリ、と背が粟だった。不快な感情ではなく、歓喜や快感の類のその反応に気付き動揺した。甘い甘い香りの餌、今までで一番の好みの餌、それが、自分以外はいらないと言っているのだ。はたと自分の思考の巡りに愕然とする、まるで恋をしているみたいじゃないか。首筋まで紅潮してしまうほどの羞恥を感じた。と、同時に。


 ぐきゅるるるるるる…


 今まで鳴らなかったのが奇跡だとでも言わんばかりの盛大な音に、目の前で翡翠が瞬きを繰り返す。そして、小さく笑い声を漏らした。

「お腹、減ってるんだね。伴侶を空腹にしておいたら男が廃るから…ほら、飲んで良いよ?」
「………。」
「どうしたの?」

 本当はすぐにでも噛みつきたかった、甘美な香りと晒された健康的な肌からその下を流れる血がこの空腹を一瞬で癒すことは分かり切っている。だが、どうしても伴侶という響きに納得はしかねる。男のプライドというものだろうか、そもそも狼男だぞ相手はと思いながらも、もう、逃れられないという事を頭のどこかで感じていた。

「…了承した訳じゃないからな。」
「ん?」
「お前の伴侶になることを了承した訳じゃない。………だが、暫く一緒に居てやる。」

 精一杯の妥協、というように告げれば、翡翠は細められ、妖艶に煌めいた。どうやら、こういう所では聡いらしい、狼の嗅覚のなせる業なのだろうか。

「…スザク。」
「…え?」
「僕の名前、スザクだ。君は?」
「………血を飲んだら、教えてやる。」

 スザク、という響きを鼓膜の奥何度も繰り返しながら、目の前の首筋にゆっくりと牙を突き立てた。最初は痛みが有るが、唾液の成分でそれはそのうち快楽となる、溢れる血の流れが歯を伝い口の中に溢れるのを感じ、久方ぶりの充足感と酔ってしまいそうな程の好みの味に理性が飛ぶかと思った。首筋を掻き抱くように縋り、数度喉を鳴らして溢れる血を飲めば先程までの飢餓感が嘘のように去る。ゆっくりと名残惜しげに口を離せば首筋を伝う血液。勿体ないと思いそれを拭うように口付ければ、微動だにせず受け入れていたスザクが向き合うように体を押し、血に濡れた唇をなぞるように親指が触れた。妖艶に煌めく翡翠のまま、しっかりとその視線はアメジストを捕らえ、指先が暖かな血を唇に広げ、掠れたような声が鼓膜を揺らす。

「名前…。」
「…ルルーシュ、だ。」
「ルルーシュ…僕の伴侶。」

 その後、まだ伴侶と決まったわけじゃないという反論も出来ずに唇同士が触れあうのは、必然だったのかもしれない。


 こうして俺は、いつぶりかも解らない餌を手に入れた。だが、それは少し癖のある餌で、こちらに従属するような種族ではなく、誘因の香りも効かない、ただ香りだけで伴侶だと宣言するような、そんな相手だった。

 まるで恋だ。

 触れあう唇の思った以上の柔らかさと、幸せそうに細められた翡翠。



 ああ、堕ちたのは、俺か。



 破壊されたマンションの壁を説明できず、吸血鬼と狼男であることを隠して夜逃げまがいの事をしなくてはいけなくなるのはまた別の話。

「だって、ルルーシュのいい香りが漂って来て我慢できなくなったんだからしょうがないだろ?」
「だからと言って加減があるだろ!」

 END or TO BE CONTINUED





こちらの絵から妄想して書いてくださいました…!うれしいいい;;;;
う、うお…るるすのにおい自分もくんくんしたい…!←yamero
くるるぎのふさふさしっぽとおなかすかせたるるすの眉間の皺が目に浮かぶようです^^^
挨拶より先に子作り宣言をするあたり天然かと思わせつつ実は計算高いと思うんだ、この狼。…いえ、まったくもって自分の趣味ですごめんなさい><
自分が否定される可能性を一切仮定していないあたり確信犯だとかってに思っています確信犯おいしいです(´∇`)
さくらざわさん、ついったでいつもやさしく(というかしかたなく…)なぐさめてくださってありがとうございます;;;
またかまって…ね…!(嫌)
…つづき…ちょう期待してます…がちでおねがいします


back