「どうだ、死人になった気分は」 目の前の墓石に刻まれているのは、今俺の隣で立っている男の名。 「うん、なんかさっぱりした感じ。あー、もういないんだなー、って」 男…スザクは、俺の問いかけにあっけらかんと答えた。 少しは嫌そうな表情でもするかと思ったのだが。 「それだけか、つまらんな。死にたがりのおまえの夢が叶ったんだぞ?」 「うまいこと言ったつもりかい?」 ふ、と苦笑したスザクはしゃがみ、刻印された年号を指で辿った。 「十八歳か…若いね」 「若いって、同い年だろうが」 膝を折ったスザクが俺を上目遣いで睨んでくる。 「君がだよ」 立ち上がって、ずずいとまっすぐ見詰められる。…ち、近い。 近すぎて、スザクの翠の瞳の全部が俺に飛び込んでくる。その熱さに思わず顔を背けてしまい、誤魔化すために身体ごと翻してその場を離れる。 「意味が解らん、だから、同い年だろうが。…というかな、近いんだよ、おまえは!」 「わかんないならいいよ」 ん? トーン低めの返事。スザクは俺の後ろにいるので表情は見えないが、今の会話で何か奴の気に障ったのだろうか。 俺の後に付いてくる気配。俺は隣に並べるように自然に歩く速度を緩めた。 程なくお互いの肩が並ぶ。…だから…、近いんだって…。体温が、スザクの体温が、伝わってくる。 でも俺は意識してないふりでそのまま歩く。 この体温を心地好く感じているなんて、絶対気取られてはいけない。 スザクの、対人の距離が近しいというのはこいつの癖みたいなもので、つまり誰にでもそうだから。俺相手だからってわけじゃ、ないから。 ふう、と吐いた溜息が白く濁った。 「陛下」 ふわっと暖かいものが俺の身体に掛かった。スザクが自分のコートを俺に着せ掛けたのだ。 「まだまだ寒いですから、御身体に障ります、そろそろお部屋に戻りましょう」 にへっと笑いかけられ、背中を軽く叩かれる。 「…、ば、馬鹿者! 今のお前は死人なんだぞ、誰かに見られでもしたらどうする!」 そう、実は現在深夜、スザクが自分の墓石をまだ見てないと言うので、俺がちょっとしたからかい心で誘い、こうして二人で忍んで抜け出て来たのだ。お互い、久しぶりの私服で。理由は単純に目立たないから。 「誰もいないよ」 「…っ、それだけじゃないぞ、騎士はもう死んだんだ。だから、その口調ももう」 「はいはい、ルルーーーシュ、行こう行こう。ほら」 数歩俺の前に歩み出て振り返り、屈託の無い笑顔で手を差し伸べるスザク。 その手のひらに自分の手を伸ばしかけて、はっと思わず引っ込める。 「あやすな、こ、子供の頃とは違うんだぞ! 恥ずかしい奴だな」 いい大人が手を引かれるなど…。 …だが、あの手のひらは温かいのだろうな。とても。…子供の頃と同じで。 惜しいが、だめだ、きっと強く握ってしまう。手のひらの鼓動で、悟られてしまう。 「誰もいないってば」 差し伸ばしていた腕が疲れたのかスザクが近づいてきて、垂れた俺の手を取った。 ――――――熱い。 「あ、ほら、やっぱり冷えてる。近くだからって、君、薄着すぎ」 俺の手を握りながら、くにくに指先を揉まれた。じん、とスザクの熱が浸透する。 …どうしよう。 「お前の体温が高すぎるんだ」 「ルルーシュは運動不足だから血行が悪いんだよ」 俺たちは手をつないだまま、だらだらと皇宮への道を戻る。 相変わらずスザクの手は熱くて、末端が冷える俺を気遣うように時折指先を揉んでくる。 それが嫌じゃなくて、むしろ心地好くて、…安心、できて。とても。 スザクに引かれるように歩いている俺は、彼の半歩後ろにいる。先ほどと逆の立ち位置だった。…昔と、同じ。 スザクに見られないように空いた手でコートの前をかき合わせ、立てた襟の中に鼻を埋める。…そのまま深く深呼吸すると、スザクの体臭が、俺の肺一杯に満たされた。 俺はスザクに依存していた。 どうやらスザクの姿や気配を確認することで、俺は安心するようだ。 それを、彼には知られてはならない。 彼の覚悟を、揺るがせてはならない。 俺たちの計画に、余計な想いは邪魔なのだ。死ぬのが惜しいなど。…お前の傍にいたいなど。 もう、今のこの段階でそんなものは意味がないのだから。 だから、俺は隠す。未練を、隠す。簡単だ、できる。 スザクの匂いを嗅ぎながら、スザクの背中を眺める。揺れる癖毛を観察する。 「そうだ!」 「ひっ!」 「えっ?」 スザクが勢いよく振り向いたので、思い切り肩を震わせてしまった。 「な、なんだ、驚くだろうが!」 「あ、ごめん。いいこと思いついたんだ、ほら」 スザクが握っていた手ごとずぼっと俺の(スザクの)コートのポケットに突っ込んだ。 「〜〜〜!」 平静に、平静に、頼む、俺の顔よ、どうか赤くならないでくれ…。 「ね、あったかいだろ?」 誉めて欲しい仔犬みたいな表情で覗き込むな! そして近い! 「あれ、ルルーシュ赤い」 な、何だと?! 「ささ、寒いからだ! お前だって赤い!」 「! え、ほんとに? おかしいなあ」 すぐにスザクは焦った様子で自分の頬をひたひた確認する。なにが「おかしいなあ」なんだ。 「そっか、うん、寒いからだね、そうだそうだ」 「そういうことだ」 「そうだね」 「そうだ」 俺たちは皇宮へ戻った。 部屋の鍵を掛けようとして、スザクのコートを借りたまま、というか着たままそれぞれの寝床へ戻ってしまったことに気がついた。 とりあえず脱いでハンガーに掛けたが、返しに行くにも、どうにも…名残惜しくて。 掛けたり、外したりを何度か繰り返す。 (なんという女々しさだ…) 己に舌打ちし、コートを抱えてベッドに倒れこんだ。 ふわりとスザクの匂いが香る。コートに鼻を付けて、すんすんと嗅ぐ。あいつの、安心する匂い。 俺は、汚い。 スザクに重い十字架を背負わせ、逝く。 けれど、俺はそれが嬉しい。 俺をその手で殺めることで、 スザクが「ゼロ」を継ぐことで、 あいつの記憶、いや身体ごと、俺が深く刻まれるだろう。 あいつは生きながら、ずっと俺のことを考えるだろう。 俺を忘れることなんて、きっと一日だって無い。一刻だって。 俺には、それがたまらなく嬉しいんだ…。 「――――――っ」 手が自然にペニスに伸びた。 最初は下着の上から触れるくらいだったが、胸に抱きこんだスザクのコートの匂いのせいで、妙な錯覚を起こし始めたのだ。 スザクがそこにいる感覚。 スザクが俺を抱擁し、優しく身体を撫でる錯覚。撫でていた手(それは熱い)は、俺の…下腹におりてゆくのだ。 手はするりと下着の内側まで侵入し、俺の茂みをいとおしげに指でいじる。ふさふさと満足するまで撫でると、もっと下がってペニスに触れる。 スザクのあの熱い指先に触れられるていると仮想するだけで、俺の中心はすぐにしこりを帯びてしまう。 「…ッ」 くちゅ、くちゅと濡れた音が微かに聞こえる。 (気持ちいいかい? ルルーシュ…) ぶんぶんと頭を振り、コートに噛み付く。 (だって、先っぽから漏らしてるよ…? ルルーシュから、どんどん溢れてくる) 先端をぬるぬると指先で円くこねる。湧いてくる先走りを、茎にもこすり付けて淫らな音がいっそう高まる。 勃起したペニスを下着から引きずり出され、スザクの鼻先に突き立てるように脚を拡げさせられる。 (びしょびしょ…すごいね…こんなところまで伝ってる) クン、と性器のむこうの窄まりに指をあてがわれ、襞に粘る体液を馴染ませるように動く。 「ぁ、」 後ろをいじりながら思った。 ――――抱かれたい、のか? …スザクに。 いや、少し違う。 俺は、あの熱の塊がどんなふうに人を抱くのか…知りたいのだ。 あの性格のそのままに、勢いで突き立てお互いが我を忘れるくらい激しく揺さぶり合うのか。 それとも逆に愛撫を執拗に行い、相手の快楽を優先させるのか。 それとも、それとも…。 今までいろんなスザクを見てきている。けれど俺の知らないスザクは、おそらく「それ」だけなのだ。だから…。 全部知って、逝きたいと思った。持って行きたいと、願った。 「スザク……」 実現は無理なのはわかっていた。 だからこうして、せめて想像でまかなうことしか。 俺には。 「〜〜〜〜ッ〜!」 腰が勝手に前後に三、四度痙攣をし、その度に先端から白濁が勢いよく発射される。 絶頂のその間は息は詰めているので、全部吐精した直後は荒々しい呼吸になる。 「…ーー―はあっ、はあっ、はあっ…はあっ」 握ったペニスを絞るようにしごき、管の中に残っていた精液を送り出す。たらりと、だらしなく尿道から零れて伝っていった。 「……」 ベッドに横たわったまま、ぼんやりと広いシーツに視線を落とす。 ふと、そこにいつもと違う色があることに気づく。 白い清潔なシーツに、青。 …青? 「!!!」 跳ね起きてスザクの青いコートを確認する。 ずっと抱きしめて握り締めていたそれは当然皺だらけになってしまっていて、いや、それはいい、いやよくはないが、それよりもっと、もっと、もっと大変なことに。 「あ、…う」 情けない声を出しながら、俺の吐き出したものがべったりついてしまったコートを胸に抱える。 とりあえずベッドから降りようとし、そこで半脱ぎのままだった下着とズボンに足をとられて見事に床に転んでしまった。 半分尻を晒したままベッドから転げ落ちた醜態でも、俺の脳内はそれどころではない焦りで溢れていた。 こ、こ、このケースの対処法は、対処法は…! というか何故すぐにコートを返しに行かなかった?! いや違う今は対処法だ、対処するには! 「ルルーシュ」 ノックの音。今一番会いたくない相手の声。無施錠。 「コート返してもらうの忘れちゃってさ。明日でも良かったんだけど」 なら何故明日に来ず今来るのだ! 明日にしろ! 「ルルーシュ明日は忙しいと思って。起きてるかい?」 むしろ今がとてつもなく忙しいのだが?! ん?「起きてるか?」か。 …寝たふりか、そうか寝たふりか! 俺はばたばたと天蓋の奥に潜り込んで、掛け布団にくるまった。コートごとだ。 そしてだんまり無視を決め込んだ。寝たふりである。 完璧だ。 だが俺は動転して忘れていたんだ。 スザクという男は、相手が起きていようが眠っていようが不在であろうが、返答なぞ待たずにノックをしたらすぐに部屋に侵入してくる奴だということを。 おわり えろルル…><ありがとう back |